素敵なこの人

茶農家 野村俊介さん

300年以上続く銘茶ブランドを継承。風土の力で、さらなる300年へ。

町の総面積の約8割が山林を占める兵庫県神河町。この町で300年以上続きながら、存続の危機に立たされた銘茶『仙霊茶』を、脱サラし自然栽培(農薬や肥料に頼らない栽培)を始めたばかりの野村俊介さんが受け継ぎました。継承からもうすぐ5年、現在では『仙霊茶』の心地よい苦味と清涼感が評価され、東京などの名だたるホテル・レストランでも支持されています。

茶農家 野村俊介さん

見事な茶畑ですね!

ここから見えているのは茶園全体の6割くらいです。40年ほど前に造成された畑で、新芽が芽吹く頃には一面がエメラルドグリーンになってまた綺麗なんですよ。

「仙霊茶」という名前にも特別感を感じます。

神河町で300年前から栽培されているもので、京都にある『宝鏡寺』という尼寺で命名され、奉納していたそうです。当時から名前をつけてもらえるほど美味しいお茶だったんですね。

茶園には、お茶の直売店とカフェスペースも併設。煎茶や紅茶、フレーバーティーのほか、石臼で挽いたほうじ茶と砂糖をミックスした『ラテの素』など、いろんなお茶が楽しめる

脱サラして、農業を始められたとか。

たまたま高校の同窓会で、脱サラして米と大豆を育てている同級生と隣になって「農業面白い? 無農薬とかなん?」って軽く聞いたんです。そしたら、「農薬も肥料も使ってない。米をよく育てるには、山からおりてくる水を良くするしかないから、冬は林業をやっている」とのこと。そのスケール感に驚きました。山から降りてくる水は、腐葉土などの栄養を蓄えていて、嵐の夜は栄養たっぷりの水が流れてくる。特に雷の後は、空気中の窒素が地表に降りるので稲もぐんぐん育つ。その考え方にビビッときて、会社を辞めて、彼のいる朝来市に移りました。

どのようなご縁で、茶農家に?

ゴマと生姜の自然栽培を始めて半年たった頃、神河町の茶農園が後継者を探していると聞いて、農業に興味がある知人と一緒に見に来たんです。お茶は新規参入が難しい分野。苗木が成木になるまで5年かかるし、その間は無収入。加工施設も必要です。ここは全て整っている最高の条件だったので、自然栽培をさせてもらえるなら僕が!と、手を上げたのがきっかけです。それから2年間、ゴマと生姜を栽培しながら、茶農家さんの元で茶栽培を学んだ後で独立しました。水の次に飲まれている飲みものを、生業にできたのはラッキーです。

取材当日は、スタッフさんがお茶の花を摘み取る作業中だった。肥料や農薬を使わないため、雑草もいきいき。茶葉にも自然の恵みが行き渡る。


茶刈機に乗って、茶の木を刈り揃える野村さん。雪が収まる2月に改めて、丁寧に刈りそろえ、初夏の収穫に備える。


コンセプトの「間(あわい)を楽しむ」とは?

自分の心地よいポイントを、「間」という言葉で表現しました。自然栽培を始めた頃、農業界の重鎮から、英語の<nature>という概念は、山河を表現する山河言葉ではなく、「誰にも頼らずに生まれ、自律的に育ち、一人死んでいく」いわば独立独歩の考え方だが、それを対訳できる日本語がなかったから、『自ずから然らしむ』と書く「自然(じねん)」という宗教用語を当てただけだと聞きました。「日本の山河はお互いが支え合い、関わり合うという概念。お前がいう『自然』とはなんや」と言われ、考えの浅さを痛感しました。そこで、長年通っている合気道の師匠の、内田樹先生に「僕がやろうとすることを示す言葉はないですか?」と相談したところ「『間』じゃないか」と。自分にとって心地よい農業とはなにか、まだまだ探り探りですが、自分のやりたいこと、わくわくすることに鋭敏であり続けたいと思っています。

野村さんが目指すお茶も、心地よさがポイントですか。

肥料を入れるほど、新芽に甘味と旨味がのって、まるで出汁のような濃い味がしますが、甘みや旨味を追求するよりも、うちのお茶のように「地の香りを出すお茶」っていうのもあっていいかなって思っています。僕がやっているような無肥料の茶は全国的にも珍しいんですよ。

煎茶、紅茶、烏龍茶、フレーバーティーをはじめ、石臼で挽いたほうじ茶と砂糖をミックスした『ラテの素』など、いろんな味わい方が楽しめる

これからのビジョンをお聞かせください。

うちの茶園のファンになってくれる循環を作りたいので、やりたいことはいっぱいあります。300年続くブランドを受け継いだ僕を起点に、次の300年に繋げていきたいです。それと、これは流行ではなく危機感から「脱石油」を意識しています。将来的に、水力発電やバイオマス発電など茶栽培に利用していきたい。土地が豊かで、四季があって、きれいな水が手に入る、日本の潤沢な環境を享受しているのが自然栽培です。日本の農業も、このめぐまれた環境を存分に活かして、少し気を抜いた感覚で取り組んだほうがいいんじゃないかなと思います。

■ 取材を終えて

偶然の出会いから農業の道を歩む野村さんの元に、知人や学生など、多くの方が訪ねてくるそうです。風土の力を信じて任せる自然栽培や茶農園との出会いは、野村さんが自分のやりたいこと、やりたくないことを見つめ続けてきたその先にあった道。自分を見つめ直すのはとても難しいことですが、そんな時にこそ、野村さんのお茶でちょっと一服してみませんか。ほのかに苦味があって、爽やかな後味が風のように喉元を通り過ぎていきますよ。

■ プロフィール

1978年生まれ。医療機器メーカーの会社員を経て、農家として自然栽培を実践する同級生との再会を機に、2015年農業へ転身。朝来市でゴマと生姜の自然栽培に取り組む中、野上川のほとりに広がる神河町の茶畑7ヘクタールを継承。2018年に茶農家として独立。

■ 連絡先

株式会社 仙霊
煎茶、紅茶、烏龍茶、フレーバーティーなどバラエティ豊かなブランド茶『SENREI』。茶園カフェやオンラインショップのほか、姫路市内のスーパーなどでも販売中。
住所:兵庫県神崎郡神河町吉冨1873(茶園)
TEL/050-3138-4284
公式LINE @senrei
https://www.senrei-tea.com/
茶園カフェは事前予約制