素敵なこの人

紀州桐箪笥 職人 東ちあきさん

紀州桐箪笥 職人 東ちあきさん

美しい表情で守るべきものを守る「桐」の魅力を世界に発信

大手アパレル会社で販売員をしながら、服飾デザイナーとしても活動していた東ちあきさんが嫁いだのは、和歌山の伝統工芸品の桐箪笥『紀州箪笥』を作る老舗家具製造会社。子育てしながら自然な流れで職人の道を歩み始め、女性初の「紀州箪笥(塗装部門)」の伝統工芸士に登録。伝承される技術と「桐」本来のしなやかな魅力を伝えるため、夫で伝統工芸士の福太郎さんと一緒に、次代に向けたものづくりを始めています。

おしゃれなショールームですね

ビアグラスやカッティングボードなど、桐箪笥作りの技術を使って作ったテーブルウェアを製造販売しています。桐箪笥の「桐」って、どんな木かわからないですよね。ですから、桐を身近に感じていただき、一生ものの箪笥を買おうと思われた時に、うちのブランドを選んでもらえたらと思って、こうしたものづくりを始めました。

ショールームでは「ME MAMORU」の雑貨も展示販売。家具にはない桐の表情が引き出されている

桐には「高級品」のイメージがあります

確かにそうですが、桐には中の物を守る「母体的な役割」があります。水害に遭っても中まで水を入れませんし、火事に遭っても桐は炭になって落ち着くので、昔は金庫の内装に使われていました。3人の子育てをしてきた自分としても、柔らかな木質なのに、中のものは守る桐に母親としてシンパシーを感じます。一番驚いたのは、結婚前に主人と同じブランドの服をクリアケースに収納していた私の方だけ虫に喰われたこと(笑)。(桐箪笥、すごいな…)と驚きました。

桐箪笥はどうやって作られるんですか?

全国的には分業制で行われていますが、うちは桐の丸太を切り倒すところから、板に加工し、組み立て、仕上げの塗りまで全工程担当しています。

福太郎さんが組み、ちあきさんが塗りを施した和箪笥。塗料の砥の粉が黄色がかっているのがあづま流。金物も特注だ


この度、紀州箪笥の伝統工芸士(塗装部門)に登録されました

「伝統工芸士」は、国が認定している事業所で12年の実績を重ね、13年目にようやく試験を受ける資格を与えられ、試験に合格した者だけが伝統工芸士に認定されるものです。紀州桐箪笥では、生地から塗りまで全工程を対象とした「総合部門」と、塗りに特化した「塗装部門」の二つに分かれています。「塗り師」は塗料の調合から始めるのですが、大きい家具を塗る時は、自分の体の取り回しがとくに大変。端から端まで一気に塗らないと、途中で止まったところに線がつくので、箪笥の大きさと木目などを見ながら力の加減を工夫して、キャスターの付いた椅子に座って一気に塗っています。

嫁いですぐに「塗り」の仕事を?

子どもとの散歩がてら、工場に来ていたのが始まりです。結婚して、こちらに友達がいなかったので、義父や義母、夫といろんな話をして、手伝うのがすごく楽しかったんです。子どもをベビーカーに乗せたまま、義父からあれこれ教わっていたら、いつの間にかどっぷりハマっていった感じです。

夫の福太郎さんも伝統工芸士。(いつかは私も!)と思っていた?

それまでアシスタントでいいって思っていたのですが、義父から「ちいちゃんにもチャンスはあるからよー。伝統工芸士取りなーよー」と言われたことは一つの転機になったと思います。どんな業種も、女性にはまだまだそんなチャンスがない中で、伝統工芸士というチャンスが与えられました。

ちあきさんが8年かけて大切に育てたお気に入りの刷毛。焼き桐に柿渋を塗り重ねる時に使っている


夫の福太郎さんは紀州箪笥(総合部門)の伝統工芸士。京の名工 内藤邦夫氏の弟子として腕を磨いた


福太郎さんから見た職人としてのちあきさんは?

美的センスが抜群ですし、発想力は天才的。僕は確実性、合理性を求めて熟考してから進みますが、彼女は1%の閃きで、99%の努力を凌駕する。そこは敵わないですね。彼女がいなかったら、新しいブランドのことも考えていないかもしれないし、僕自身がこの業界にいないかもしれない。チャンスの時には必ず、大いなる後押しをしてくれます。夫婦の関係を「剣と盾」に喩えることがありますが、僕らは二人が剣の「二刀流」です(笑)。

家具職人として、今どんなことを感じていますか?

結婚前は服飾業界にいましたが、今、違う業種でプロになっているのは、手作業が好きな私としては一番うれしいこと。自分に恥じないように続けていきたいと思います。紀州桐箪笥組合の中で、私たちはまだ若手。業界が衰退するのを阻止するためにも、隠れている逸材や伝統工芸士になりたい若い子をどんどん掬い上げることが、私たちの役目と思っています。

ショールームの前でお出迎えしてくれる愛犬「ディオさん」とともに。

■ 取材を終えて

結婚を機に、紀州桐箪笥の職人となったちあきさんは、夫の福太郎さんと一緒に、これまでになかった桐作品を発表し、国内外の企業やアーティストから注目を集めています。「桐は柔らかい木質だけど、外敵には身を挺して守るという性質がある」。そう嬉々として語ってくれたちあきさん自身も、しなやかな感性と、衰退傾向の桐箪笥業界をなんとかしたいという強い気持ちの持ち主。まさに、桐のような人だなと感じました。

■ プロフィール

滋賀県出身。服飾系専門学校を卒業後、アパレル会社に就職。福太郎さんとの結婚を機に、和歌山へ移住。福太郎さんの実家である老舗家具メーカー『家具のあづま』で職人として活動する。令和3年度、女性としては初めて「紀州箪笥(塗装部門)」の伝統工芸士に登録。

■ 連絡先

有限会社 家具のあづま
明治24年(1891年)に材木業として創業
桐箪笥の技術を応用した桐雑貨ブランド『ME MAMORU(みまもる)』や自由に組み合わせできる紀州箪笥の新ブランド『SAMA(さま)』を展開。海外の見本市にも出展し、桐箪笥や桐そのものの魅力を積極的に発信している
住所:和歌山県紀の川市名手市場1169-1
TEL:0736-75-3600
HP:https://azuma-kiri.jp/