素敵なこの人

水彩画家 木澤 平通(きざわ としみち)さん

描くのは、なにげない東播磨
淡い筆感で心揺さぶる水彩画家

写真投稿アプリInstagramに、一枚の水彩画が完成するまでのショート動画をほぼ毎日投稿している、水彩画家の木澤平通さん。長いヒゲとオーバーオールがトレードマーク、自らを「おっさん」という木澤さんは、水彩画で世界を目指すと決めてから35年。牧歌的な田園地帯から賑わいを見せる公園など、淡い色で浮かび上がらせる東播磨の風景に、国内外から感動のリアクションが届く。描きたい風景を探し、その場で絵を完成させる「現場主義」を貫く木澤さんを訪ねた。

水彩画家 木澤 平通さん

35年間変わらないヒゲとオーバーオール姿は、画家になるという自分の約束の証

面白いくらい、あっという間に描かれていきますね

だいたい1時間以内で完成させるものばかりなんですよ。『感動を一瞬で鷲掴みにする』というのを目標にしていますから、光が移ろわない間に現場で描き切るのが、おっさんの主義。場所探しのほうが、時間がかかります。

木澤さんの絵を観ていると、その場所に引き込まれていくようです

筆数はできるだけ少なくして、観る人に委ねると、観る人の方が(頭の中で)描いて見てくれるんです。おっさんも、窓のサッシまで描こうと思えば描けるけど、それはしない。一枚の葉っぱ、一枚の窓まで細かく描いてしまうと、描いたものだけしか観てもらえなくなるんです。

そもそも水彩画をはじめられたきっかけは?

高校の時に油絵やデッサンを学んでいて、国公立の美術大学を目指してたんやけど、落ちまして。親父が営んでいた八百屋の支店を出して、商売に専念したらそれが面白くなりました。ところが商売も厳しくなって、ストレスで狭心症になった時「俺の夢って、なんやった?」って思ったんです。もう一度、自分の夢を追いかけてみようと、独学で水彩画を始めたのが35年前のことです。毎日欠かさず描き続けたら、俺にだって世界と肩を並べる能力が磨けるはず…と思って、本当に毎日描いた。そしたらほんとに、ごっつい技術が上がってきた。今も一枚一枚実験しながら描いてます。もしあの時、大学に行って、いっぱしの画家になっていたって、知れたもんだったと思います。地元で描き続けている今は、「先生、うちの田んぼも描いてー!」って気軽に声をかけてもらえるし、(妻の)さつきさんも協力的やし、みんなに応援してもらってうれしい限りですわ。今はめちゃくちゃ幸せ。

使う筆は3本、絵の具は基本5色のみ。木澤さんが「魔法の色」と表現するプルシャンブルー(紺青)とローズマダー(茜色)のほか、「日本の空気を感じる色」というジョーンブリアンNo.1(肌色)など。ここから色を作って描いていく


水彩画家を志すも悶々としていた頃、イギリスの画家トレバー・チェンバレンの画集と出会った。「自分の目で見たものを描くのを大事にしている、という考え方が私と一緒だった。光源を意識した彼の絵は本当に光がきれいで、絵に対する眼差しも好き。この画集は私のバイブルです」



水彩画教室も15年になるとか

自分のスタイルを生徒さんに伝えていきたくて、描いているところもデモンストレーションしています。教えるというより、「見せて伝える」という感じですね。生徒志望の方の中に、そのやり方が受け入れられないという人もいました。でも、「おっさんの真似をしたって絶対違う絵になる。だからまずはいっぺん真似してみてって。個性はそういうところにちゃんと表れるから」と。筆の水の含み具合や絵の具のつけ具合、絵の具の上に、次の絵の具をのせるタイミングは、一人ひとり全部違う。それこそが「個性」です。生徒さんには、何が自分の個性なのか、自分で見つけて欲しい。

「形にこだわらず、遠いところ、明るいところから描く。自分の絵の中に光を閉じ込めるんです」

地元、東播磨の風景を描き続けていらっしゃいます

季節、日にち、時間が違えば、(風景は)毎日違う。だから、何回同じ場所を描いても飽きひんのですよ。自分の感動を絵にするんだから、感動の源を自問しながら描いています。自分の目で見て、体で感じ、周りの音を聴き、冷たさや暖かさも感じた上で、自分が何を描こうとしたのか、自問することで、構図が決まるし、光の捉え方も決まってくる。生徒さんにも「自然と、お話しなさい。そうすれば自然のほうから「ここ描いて!」「ここは描かんとき」と教えてくれる」って言うてます。そこまで到達するのは、難しいことやけどもね。

絵のタッチと、豪放磊落(ごうほうらいらく)な木澤さんのキャラクターのギャップもいいですね

よう言われます(笑)。おっちょこちょいで、いっちょかみが好きやけど(笑)、たんぽぽが咲いていたら踏んだりしませんし、てんとう虫がおったら、話しかけますよ。これも、絵を描くには大事なことなんです。

一筆一筆ごとに風景が浮かび上がっていく

木澤さんがめざしているのは、どんな絵ですか?

自慢みたいになりますが、私の個展に毎回来てくれる人が「先生の絵の前に来たら、死んだお母さんを思い出すねん」って言ってくれるんです。おっさんの絵を観て、お母さんのことや自分の田舎を思い出す、これほどの褒め言葉はないですね。まだまだ未熟やけど、そういうことを言ってくれる人が増えてくれたらええなと思てます。もっと少ない筆数で、そんな絵を描けるようになったらいいなと思うんですけど。難しい世界ですわ。

■ 取材を終えて

木澤さんの絵を観ていると、描かれている場所の雰囲気や匂いまで感じられて、まるで絵の世界に入りこむような錯覚を覚えます。絵への真摯な思いと、努力し続けることも楽しむその姿勢が、あの淡い一枚の絵に滲み出ているから、引き込まれるのかもしれません。これからもかわらず元気に、長く、描き続けていかれることを願っています。

■ プロフィール

1954年生まれ。木澤水彩画教室 主宰。父の代から続く八百屋を営みながら、水彩画家として活動開始。写真共有アプリ「Instagram」で、下絵から作品完成までを動画編集し毎日投稿し、話題に。2023年5月現在、国内外に3.4万人のフォロワーを有する。2005年「全国公募春日水彩画展」入賞、2007年「第10回 全国公募川の絵画大賞展」優秀賞受賞

■ 連絡先

木澤水彩画教室
オールロケーションの水彩画教室。
開催地は、木澤さんが毎月発行する『木澤水彩画教室新聞』で発表。
Instagram:suisaiga1
TEL:090-4901-8310