素敵なこの人

明石市立天文科学館 館長 井上 毅(いのうえたけし)さん

明石市立天文科学館 館長 井上 毅さん

人と宇宙の物語を
次の100年へ繋ぐ語り手

1923年10月21日。ドームスクリーンに星空を再現する「プラネタリウム」が、初めてドイツで公開されました。プラネタリウム誕生から100年を迎える今年から2年間、プラネタリウムの功績を讃える様々なイベントが国内外で行われます。日本で行われる周年事業の実行委員長を務める井上毅さん。兵庫県明石市から天文学の魅力、プラネタリウムの魅力を伝えます。

100周年事業ではどんなことが行われますか?

まず10月21日の夜には、全国のプラネタリウムで一斉に、当時のドイツで映された100年前の星空が投影されます。ドイツで開催されるオープニングセレモニーの様子をレポートするほか、その後も当館では「プラネタリウム100年」をテーマにした投影を行ったり、歴史的な資料を展示したりする予定です。

開館当時から現役のプラネタリウム(カール・ツァイス・イエナ社製)は、日本で現役最古。世界でも5番目に古い大型投影機

「100年前の星空を見る」ってロマンティックですね

「宇宙はこんなに美しいのか」と、当時の人たちも非常に驚いたそうです。当時のドイツは電気技術が進んでいて、星空が見えないことを誰も気づいていなかった。そんな時に、暗闇の中に映される人工の星を見て宇宙の素晴らしさを感じたんですね。当時は夢物語だった「月面着陸」をはじめ、この100年は天文学がかつてない進歩を遂げた100年。その大きな飛躍を、プラネタリウムは受け止めてきたといえます。


そもそもなぜプラネタリウムが生まれたのですか?

のちにドイツ博物館の創立者となった電気技術者のオスカー・フォン・ミラー氏が、「美術館に美術品が展示してあるように、科学技術の分野も後世に残されるべき人類の文化だ」と、世界的な光学機器メーカーであったツァイス社に、星空の仕組みが展示できる装置を依頼したのが始まりです。ツァイス社は10年以上かけて、部屋の中央に投影機を置き、ドーム状の空間に映し出すという装置を開発しました。今のプラネタリウムの形が、既に100年前にできていたんです。当時のドイツは第一次世界大戦の影響で、非常に厳しい状況にあったのですが、開発メンバーにとってプラネタリウム開発自体が癒しの時間だったと言います。戦争の道具ではなく、科学技術を使って自然界の再現に労力を払えることに喜びを感じていたと。プラネタリウムの仕組みをわかっている開発メンバーでさえ、初めて映された星空があまりにも美しくて感動したという逸話も残っています。

当時の技術が今も!?

開発された第1号機(ツァイスⅠ型)には、現在も搭載されている機能がほとんど備わっていました。ただ、世界中の空を映せる機能がなかったので、次の「ツァイスⅡ型」で北半球と南半球の星空が映せるようになってから、プラネタリウムが世界中に広まりました。当館の投影機はツァイスⅡ型を少し改良したもので、当時の技術がほぼ残っています。

「時の宇宙の博物館」として、3階展示室には子午線天文、天体観測、暦と時をテーマにした展示が広がる


明石市立天文科学館自体も歴史のある建物です

明石に東経135度の子午線標識が最初に建立されたのが1910年。それを機に、天文への機運が高まり、半世紀後にその熱意が形になりました。プラネタリウムが生まれる前からの話です。大きなプラネタリウムがあったのは、日本では東京と大阪だけの時代に「よくぞ作ってくれた!」と思います。当館では今も学芸員が肉声で解説し、手作業で番組を投影する昔ながらの手法です。そこに子どもたちの歓声が交われば、一つとして同じ回はない。そこも魅力だと思います。

明石市立天文科学館では、録音ではなく、学芸員自ら星座投影機や照明などを調整しながら肉声で解説。温かみを感じる昔ながらの演出にファンも多い

井上さんは天文学の普及に尽力されています

星に興味を持つと、いろんな世界に興味が広がっていきます。私自身、天文科学館の開館記念日である「時の記念日」について調べていくうちに時計の歴史にハマり、実は時計がプラネタリウムと深い関係があることを知りました。自分では思ってもみなかった世界に連れていってくれる、そこも天文の魅力ですね。

この事業から興味を持つ人も増えると思います

プラネタリウムは非日常的な空間で日常を映す、宇宙でいちばん不思議な場所かもしれません。そして、「昔、ここに見に来たな」「あの時はあの人と来たな」「帰りにあれ食べたな」と遠い記憶をたぐりやすい場所でもあります。プラネタリウム鑑賞が、思い出を紐解く機会になると嬉しいです。

■ 取材を終えて

取材時に、実際にプラネタリウムを鑑賞させていただきました。開館当時から現役の投影機が映す世界に包まれ、井上さんの解説を聞いていると、天空を浮遊しているような不思議な心地よさと共に、途方もなく広い宇宙の中に今、生きていることに感動すら覚えます。『宇宙を描く装置』を作るという、壮大な計画が遂行された熱意は、1世紀を経て井上さんたちにバトンタッチされています。

■ プロフィール

兵庫県姫路市出身。名古屋大学大学院理学研究科大気水圏科学専攻修了。1997年より明石市立天文科学館学芸員、2017年より現職。日本プラネタリウム協議会プラネタリウム100周年記念事業実行委員長。10月20日には著書『星空をつくる機械プラネタリウム100年史』(KADOKAWA)が発売。

■ 問い合わせ

明石市立天文科学館
兵庫県明石市人丸町2番6号
078-919-5000
http://www.am12.jp/